山口・広島・岡山
平成7年夏から続いた神戸単身赴任も最後となる平成8年3月、西日本最後のツーリングに選んだのは、下関から瀬戸内海沿いに神戸へ戻るルートだった。
一緒に赴任していた同僚がセローを持っており、二度とない事だからツーリングしてみたいというのがきっかけだった。
二泊二日?という限られた日程で敢行したお決まりの神風ツーリング、まずは大阪南港から北九州市門司港まで名門大洋フェリーでワープした。
早朝に門司港に着いた時はやめときゃよかったと思うほどクソ寒かったのを覚えている。
九州自動車道門司ICから高速に乗り、目指すは山口県の秋吉台。
高速道路に設置されてる温度表示が確か5℃、二人で震えながら中国道を美祢ICまで走った。
途中、小野田のあたりだったか、高速と並走する道路を見た事も無い馬鹿でかいトレーラーが走っていたのには驚かされた。後で知った事だけど、石灰石を鉱山から運び出すセメント会社の専用道路だったらしい。
秋吉台ではお決まりの秋芳洞見学をし、その後は秋吉台の展望台へ。この時持って行ったツーリングマップ(ツーリングマップルの前身、黄色い小さな地図)には、秋吉台の真ん中を抜けて萩方面へ行けるような道が載っていた。
二人で近道のようだから行ってみようかと石灰岩を掻き分け進んで行ったら、最後は人一人がようやく通れる程の小道になって断念。
折り返して戻っていったら、遠くの展望台から観光客が皆こっちを見てる。多分国立公園をバイクで踏み荒らすふとどき者と思っていたんだろうな。恥ずかしかった。
萩で見ておきたかったのが松陰神社。なるほど幕末の名だたる名前が並んでる。但し歴史にたいして興味が無い私たちは、ただ単におおっ、この名前聞いた事あるぞって感心していただけ(ただの馬鹿)。
萩での思い出は、市内を見下ろすナントカ山の展望台だった。阿武川が作り出した萩市がガキの頃に地理の授業で習った扇状地そのものだった事には感動した。
萩を後にして向かったのが防府天満宮。高校受験を控えていた長男は親に似て出来が悪かったから、大宰府天満宮に続いて神頼みしておきたかった。
この後は、国道2号線を走り岩国の錦帯橋を見て安芸の宮島へ。
連絡船の料金表を見たら、バイクもたいして高くなかったのでバイクごと渡って厳島神社のお参りをした。
鹿にケツを噛まれたりしながら早々に引き上げ、その日の宿に決めていた広島市内へ向かった。このカルスト台地をバイクで踏み荒らしてしまった。責任は昭文社にある?かな
神頼みの効果はあった。